「緋雪のスベスベな肌は、僕のものだから」 「へぇ……昴樹くんはもうすでに知ってるんだ? 肌がスベスベだとか、ふたりは互いに知る仲なんだね。パーティで会ったときはまだみたいだったのに」 「知ってる。緋雪は全身綺麗な肌なんだよ」 目の前で繰り広げられるふたりの会話が、なんだか生々しく聞こえて恥ずかしくなる。 私はうつむいて自分の顔が赤いのを誤魔化した。「僕の恋人にちょっかいを出すな。いくら岳でも、それだけは絶対許さないから」 宮田さんの言った“恋人”という言葉に、心が震えた。 彼はきちんとその認識でいてくれていたのだ。 私のことを、恋人だと ――――「昴樹くん、ごめん。朝日奈さんもごめんね。やり過ぎたかな?」 二階堂さんは両手を合わせながら、バツ悪そうにペコリと頭を下げる。「あれは……妬かせるためにわざとやったから。でもね、さっきのは昴樹くんも悪いよ? 恋人の朝日奈さんを放ってモデルの子とあんなとこでコソコソと」 「いや、あれは……」 「こんなに猛烈に妬くほど好きなんだったら、彼女のこと、泣かすようなことしちゃダメだろ」 ………二階堂さん。「心配しなくても、俺は明日アメリカに帰るから」 ふたりとも仲良くね、と告げつつ二階堂さんは私たちに背を向けて立ち去ろうとする。 そんな彼に、ちょっと待ってと宮田さんが声をかけて引きとめた。「緋雪……本当に言わなくていい? 岳に伝えたいなら今しかないよ?」 引き止められた二階堂さんは、なにを?といった表情で私たちを見つめていたけれど。 私には宮田さんがなにについて言っているのかすぐにわかった。 彼に、八年前の想いを伝えるなら、チャンスは今しかないと言いたいのだろう。 無言で宮田さんを見つめると、彼の漆黒の瞳の奥に、切なさが混じっていた。「二階堂さん、私……」 宮田さんに促されるままに紡ぎ始めた言葉は、そこで一旦途切れた。 彼に対してなにを伝えたいのかと、心の中であらためて自問する。 そして、出た答えが……。「八年前に、あなたを街で見ました」 「……え……?」 「モデルの二階堂さんをチャペルで見かけたのがきっかけで、あなたに憧れて私はブライダル業界に就職しました。仕事はそれなりに大変ですがとても楽しいです。そして……二階堂さんに八年ぶりにまた逢えて、懐かしかった
最後はにっこりとした笑顔を作れた。 昔憧れていた二階堂さんに、こうして今の気持ちが言えて、それでもう十分だ。「なんか事態がよく飲み込めないんだけど……。今のって俺……軽く告白されたのに、結局フラれたって感じ」 ポカンとした顔で、二階堂さんがそんなことを言うものだから笑いそうになってしまう。「人の出逢いにはタイミングもあるんだよね。昴樹くんとは運命の出逢いだと思うから、大切にして?」 あの頃……八年前に見たのと同じ爽やかな笑顔がそこにあった。 大きな手を差し出され、握手を求められる。「本当はギュッとハグをしたいところだけど。昴樹くんに怒られるから」 じゃあね、と私の手を放して颯爽と立ち去る二階堂さんを、あの頃と同じようにやっぱりカッコいいと思いながら見送った。 残された私と宮田さんに、しばし沈黙が流れる。 この空気は、気まずさ以外の何物でもない。「あれで……良かったの?」 二階堂さんがいなくなった後、彼の口からボソリと言葉がこぼれ落ちた。「良いですよ。というか、私にあれ以上なにを言わせたいんですか」 これ以上こうして会話しても、喧嘩にしかならない気がして。 この場を立ち去ろうと歩き出した私の腕を、宮田さんがグッと掴んで自分の胸に引き寄せた。 私を抱きしめる彼の腕に力がこもる。「今日は緋雪に会えると思って楽しみだったのに……サイアク」 少し身体を離して私を見下ろす彼の瞳に、私が写る。 最悪なのはこちらも同じだ。 なにか言わなければ、と思った矢先、彼は私の唇を貪るように奪った。 しばらくキスを繰り返し、最後にチュっとリップ音を立てて彼が私からそっと離れる。「もう……行かなきゃ……」 そうだ。彼は今、仕事中だ。先ほどの場所に戻らなくてはいけない。「がんばってください。私も仕事に戻ります」 今の私からは、そんなそっけない言葉しか出てこない。 かわいくない女だと自分でも思う。「終わったら緋雪の会社まで迎えに行くよ」 「え?」 「今日、車で来てるから」 頬を撫でられ、見つめられるとなにも言えなくなってしまいそうだけれど……「でも、私も何時に終わるかわからないですし……」 「何時になっても待つから。今日のこと、いろいろ弁解させてよ」 じゃあ、終わったら電話をちょうだいなんてセリフを残し、愛しい人
*** 会社に戻る途中、ずっとモヤモヤした気持ちが抜けなかった。 なんだこれ。こんなんじゃ仕事にならない、とエレベーターの中でそんな自分に気づき、両頬をパンパンっと叩いて喝を入れる。 そうやって気合を入れたのに集中力は続かず、終わったときには時計は十九時半を回っていた。 そうだ、電話しなきゃ……。 ロッカールームで思い出し、宮田さんの番号を表示させて発信する。 今日のことを弁解させてほしいと言っていた彼の困惑した顔が脳裏に浮かんだ。 私だって…… あのモデルの女性と、あんなところでなにをしていたの?と、気にならなくはないけれど。 正直に聞くのが怖い。『もしもし』 数回目のコールで、落ち着いたトーンの彼の声が耳に届いた。「お疲れ様です。今、仕事が終わりました」 『お疲れ様。もう会社の前にいるから降りてきてよ』 「え……はい」 そのまま通話を切り、私はあわててロッカールームを後にした。 遅く感じるエレベーターに乗り込み、会社の外に飛び出すと、一台の車がハザードをつけて停まっていることに気づく。 助手席側のドアを背にして立つ宮田さんの姿があった。 ポケットに手を入れて佇む姿が、車を背景にしているせいか、とても様になっている。 そんなことよりも。たしかに会社に迎えに来るとは言っていたけれど……「い、いったいいつから居たんですか?!」 「はは。息が切れてるね」 それは、エレベーターを降りたあとダッシュで走って来たからです。「私のことはいいんです!」 「えーっと……着いたのは1時間くらい前、かな」 「そんな時間からここに居たんですか?!」 「うん。終わったら電話くれる約束だったし。 だからここで待ってた。とりあえず車に乗って?」 そう言って、彼が背にしていた助手席のドアを開ける。 ずいぶんと待たせたのに、不機嫌じゃないんだ……。 などと思いながら、私は促されるまま助手席に乗り込むとドアを閉められた。 宮田さんはハンドルを握り、喧騒が未だ落ち着きを取り戻さない夜の街を走り抜ける。「あの……どこ行くんですか?」 なぜか運転中無言になっている彼の横顔を見つめつつ、静かに問う。「あー、そう言えばそうだ。どこに行こうか」 「え……」 そっか。そうだった。 この人はこういう人だ。中身は変人と
手を引かれ、十二階に位置する彼の居住空間へと初めて足を踏み入れる。「お、お邪魔します。お家、ずいぶん広いですね」 おずおずと上がりこんだ部屋には大きめのリビングとダイニングキッチンがあり、話を聞くとどうやら2LDKの間取りのようだ。 まるでモデルルームのように家具やカーテンの色や風合いがマッチしていてパーフェクトな空間だった。 この前麗子さんと話していて、宮田さんはどんなところに住んでいるんだろうと、気になってはいたけれど。 それがこんなに広くてスタイリッシュな空間だったとは思いもしなかった。「ここのマンションの住人には、ルームシェアしてる人もいるみたい。僕はもちろんひとりだけど」 なるほど。ルームシェアもこの広さなら出来ると思う。 なのに贅沢にこの部屋で一人暮らしだなんて……。「緋雪、気に入ったならここに越して来る?」 「え?! 私とルームシェアですか?」 「なにをバカなこと言ってんの! 僕たちが一緒に住む場合は、“同棲”になるだろ」 肩を揺らしてケラケラと笑う彼を見て、拍子抜けしたと同時に私の緊張もほぐれた。 私がはっきりと返事をしないまま、その提案が立ち消えになったことにもホッとする。「いつも事務所じゃコーヒーだけど、今日はビールがいい?」 ソファーに座る私に、彼はそう言ってキッチンからグラスと冷えた缶ビールを持ってきた。「ありがとうございます」 「パーティのとき思ったけど、緋雪はお酒飲めるよね?」 「あ、はい。それなりには」 コツンとお互いにグラスを合わせ、注がれたビールを口に含む。 ゴクゴクと美味しそうにビールを飲み込む彼の喉仏が、やけに色っぽい。 隣に居ながらそれを見てしまうと、自動的に心拍数が上がった。「今日のことだけど。僕が、モデルの子と一緒にいた件……」 ふと会話が止まったところでその話題を口にされ、私から少し笑みが引っ込んだ。「あの子はハンナの後輩なんだけど、けっこう気の強い子でね。ハンナのこともライバル心からかすごく嫌っていて。僕は今日、巻き込まれたっていうか……あの子が、」 「もういいです」 「……え?」 「もう、それ以上聞かないでおきます」 ハンナさんへの当て付けなのか、本気なのかはわからないけれど、あの女性が宮田さんに迫ったんだろうとなんとなく直感した。「言わせて
「宮田さんにとって、私ってなんですか?」 「え?」 「どういうポジションにいます?」 泣いても喚いても、執拗に詮索しても。 あなたにとって私がなんでもない存在ならば…… 嫉妬したって、それは滑稽でしかない。「一度抱いただけの、仕事絡みの女ですか?」 「違う!!」 弱々しい私の言葉を、彼の大きな声が否定する。「僕は恋人だと思ってるし、緋雪以外の女性に興味はない」 信じないの? と彼が切なそうな表情をする。「こんなに緋雪のことが好きで、思いきり態度にも出してると思うんだけど。僕は自分で言うのもなんだけど一途だし。なのにそこを疑われるなんて……」 不貞腐れたように口を尖らせる彼に、そっと唇を寄せる。 そう言ってくれたことが嬉しくて、気がつくと衝動的に自分からふわりとキスをしていた。 唇を離すと、驚いた顔の彼と目が合う。「良かった。本当に枕営業しちゃったのかと思いました」 「……は?」 それは、パーティの席でハンナさんに言われたことだ。 なぜか今、それを思い出して口にしてしまった。 自分でもどうしてわざわざそれを持ち出したのかと思うとおかしくて、笑いがこみ上げてくる。「あのパーティの夜、宮田さんは……午前〇時を過ぎても魔法は解けないって言ってくれましたけど。朝になったら解けちゃったのかなと……なんとなく思っていたんです」 「どうして? 僕は解けない恋の魔法を緋雪にかけたつもりなんだけどな。あ、いや、ちょっと待って。それじゃやっぱり、僕は魔法使いってことになるじゃん!」 真剣な顔をしてそう抗議する彼に、噴き出して笑う。「不安だったのは、僕のほうだよ」 「……?」 「あの夜は気持ちが通じたと思ったし、心も身体も愛し合えたと思った。だけど、もしも無かったことにされたら……って考えたら、不安だった」 「……そんな」 「僕はやっぱり魔法使いで、王子は岳なのかも…って」 ――― 知らなかった。 宮田さんがこんなふうに思っていたなんて。 二階堂さんと私のことを、こんなにも気にしていたなんて。「宮田さんは王子様兼魔法使いなんですよ」 「……何その“兼”って、一人二役的な感じは」 「それとも私たちは、シンデレラとはストーリーが違うのかも。ていうか、一人二役でなにか問題あります?」 「……ないけど」 気まぐ
「へぇー、思ってたより大きく載ってるじゃない!」「麗子(れいこ)さん、恥ずかしいですってば」「どうして? 緋雪(ひゆき)、写真うつりいいわよ?」「あんまり見ないでくださいよー」 お昼の休憩時間、人気の女性雑誌をパラパラとめくりながら、会社の先輩社員である麗子さんがニヤニヤとした笑みで私を冷やかす。 【 ウエディングプランナー・朝日奈(あさひな)緋雪さん 26歳 】 ブライダル会社で働いている一般人の私にとって、自分の顔が大きく載っている雑誌を目の前にすると、恥ずかしくて顔から火が吹きそうになる。 私は一年ほど前まで、式や披露宴、結婚指輪や引き出物など、お客様をサポートする実務に就いていた。 だけど今は企画部に移り、新しいプランの作成と、市場調査をおこなうのが私の仕事になっている。 そんな私に、雑誌の取材オファーが来たのは一ヶ月ほど前だった。 記者がどこで私のことを知ったのかはわからない。 だけど、なぜか私を取材したいと名指しで指名してきたようだ。『いいじゃないか、朝日奈。会社にとっても良い宣伝になるし』 私の上司である袴田(はかまだ)部長は、その話を聞いた途端、笑顔で大賛成した。『いや……でも、部長……』『働く女性特集の記事だってさ。朝日奈が優秀だからオファーが来たんだよ。大丈夫だって! それにもう取材OKの返事をしちゃったからなぁ』『え、えぇ?!』 否応なく、とは……まさにこのことだ。 私が断ろうと思ったときには、すでに部長が先方へ返事をしてしまったあとだった。 しかも、優秀だから、などと取って付けたようなお世辞まで言われて。 にこっとした笑みを向ける上司を目の前にして、力なくガクリとうな垂れたのを覚えている。 袴田部長は、四十歳で独身の男性。 元々、インテリアデザイナーを目指していたらしい。 十年ほど前、違う会社から引き抜きで我が社へやってきた人材だということは、他の人に聞いて知った。 たしかに部長は、何を選ぶにしてもセンスがいいし、アイデアも素晴らしい。 だから部長職に抜擢されたのだと思う。 そんな部長のもとで一緒に仕事がしたくて、私は企画部への異動を希望して現在に至っている。 部長が面白いと感じたもの、いけると思ったプランは実際に評判を得ることが多い。 だから私は純粋に部長を
『 この仕事に就こうと思ったきっかけは何ですか? 』 『 新郎新婦のお二人にとって、人生で最高に幸せで大切な思い出を、私も一緒に造ることができたらと思ったからです 』 いろいろと他にも質問は受けたのに。 この質問と回答だけが、記事の中で大きく太い文字で目立つようにしてあった。 ――― なんとも無難な回答。 決して嘘はついていない。そう思っているのも本当だけれど、それは自分の中の優等生的な回答だ。 実は他にも動機はある。だけどそれは堂々とは言えない、本当はもっと不純な動機だから。「朝日奈ー、ちょっと」 お昼休憩が終わり、午後の業務が始まってすぐ、袴田部長が私をデスクへと呼び寄せる。「これ、見たよ。なかなかいい記事じゃないか。というか、デキる女って感じだな!」 私がデスクまで行くと、わざわざ自分の顔の前に雑誌の当該ページを開いて袴田部長が私に見せつけてくる。 ……まったく。そのニヤけた顔を見るとふざけているとしか思えない。 袴田部長は楽しいことが大好きな性格だから、こうして冗談を言われることもしばしばだ。「お客様からも雑誌見ましたよって担当者とそういう話になるらしいよ。いや~、やっぱり朝日奈にしといて良かった」 「え?!」 「…は?」 ……ちょっと待って。今なんて言った?「私にしといて良かったって、どういうことですか? 先方から取材対象は私でと、名指しで指名が来たんじゃなかったんですか?!」 「いや、だから、それはその……」 「部長! まさか部長の差し金で私になったんですか?」 なにもかも部長の策略だった。確信犯だ。目の前のあわてた様子がその証拠。 そう考えた途端、私の眉間にはシワが寄り、眉がつりあがる。「悪かったよ。でも、評判いいよ? この記事」 苦笑いで首の後ろに手をやる部長を前に、あきれてなにも言えなくなってしまった。 もう過ぎてしまったことなのだから、今更怒っても仕方ないのだけれど。 騙されたことへの憤りからか、盛大な溜め息が自然とこぼれ落ちた。「用件がそれだけでしたら、仕事に戻らせてください」 口を尖らせ、部長にからかわれている暇などない、と言いたげに踵を返す。「あ! 待てって! ちゃんと仕事の話もあるから」 あわてて呼び止める声に、再び小さく溜め息を漏らしつつ気を取り直して振り向いた。
「だけど……海や森も、他社がもう手がけているよな。披露宴会場でのそういう演出は、すごく真新しい!とは言いづらい。ま、演出しだいだけど」 資料から一瞬顔を上げて私に視線を移し、部長はまた手元の資料に視線を落とした。「演出は例えばですが、お料理や食器なんかも全部一風変わったものにして……。でも、私が一番こだわってみたいのは新郎新婦の衣装です」 私がそう言うと部長は笑って顔を輝かせた。「衣装ね。なるほど。特にお色直し後の新婦のカラードレスが斬新なら、みんな印象に残りやすいな」「はい。動画や写真にもバッチリ残りますし」「海や森をイメージしたドレスかぁ」 少しは私の思い描いたものを面白いと思ってもらえたようで、私も自然と笑みがこぼれる。 やはり結婚式や披露宴の主役は女性である新婦だ。招待客も自然と新婦のドレスに目がいくと思う。 ならばそれを、いっそのこと大胆な演出のものにしてしまったらどうかと私は考えた。「とりあえず新作ドレスの製作だけは先に上の許可を取ろう。企画をまとめるのは、その目処がついてからだ」「はい」 部長の言う『上の許可』というのは稟議書のことだ。 もちろん私や部長の一存で、勝手に会社のお金で高額なドレスを作ることはできないから、それ相応の手続きがいる。 最近は新作ドレスを作ろうとする動きはなかったし、衣装部と相談してドレスの入れ替えのためだと強く言えば、おそらく稟議は通るんじゃないかと思っているけれど。「だけどデザイナーに依頼すると言ってもなぁ。うちがいつも頼んでるデザイナーに、そんな斬新なデザインを描ける人間がいるかどうか」 指をトントントンとデスクの上で鳴らしながら、書類を見て考えこむ部長を前に、私はひとりほくそ笑んだ。「そこで部長、相談なんですが」「ん?……もしかしてなにかアテがあるのか?」「アテはありませんが、依頼してみたいデザイナーはいます」「ほう」 それは最初に新作のドレスのことを考え出したときから、思いついたこと。 斬新かつ美しいドレスのデザインならば、私の中で是非依頼してみたいデザイナーがいるのだ。「最上梨子(もがみ りこ)っていう新進気鋭のデザイナーなんですが」「あぁ、知ってる!」「そうですか!」「この前俺が見に行ったショーにも参加してたよ。曲線美っていうか面白い発想のデザインだよな、彼女は
「宮田さんにとって、私ってなんですか?」 「え?」 「どういうポジションにいます?」 泣いても喚いても、執拗に詮索しても。 あなたにとって私がなんでもない存在ならば…… 嫉妬したって、それは滑稽でしかない。「一度抱いただけの、仕事絡みの女ですか?」 「違う!!」 弱々しい私の言葉を、彼の大きな声が否定する。「僕は恋人だと思ってるし、緋雪以外の女性に興味はない」 信じないの? と彼が切なそうな表情をする。「こんなに緋雪のことが好きで、思いきり態度にも出してると思うんだけど。僕は自分で言うのもなんだけど一途だし。なのにそこを疑われるなんて……」 不貞腐れたように口を尖らせる彼に、そっと唇を寄せる。 そう言ってくれたことが嬉しくて、気がつくと衝動的に自分からふわりとキスをしていた。 唇を離すと、驚いた顔の彼と目が合う。「良かった。本当に枕営業しちゃったのかと思いました」 「……は?」 それは、パーティの席でハンナさんに言われたことだ。 なぜか今、それを思い出して口にしてしまった。 自分でもどうしてわざわざそれを持ち出したのかと思うとおかしくて、笑いがこみ上げてくる。「あのパーティの夜、宮田さんは……午前〇時を過ぎても魔法は解けないって言ってくれましたけど。朝になったら解けちゃったのかなと……なんとなく思っていたんです」 「どうして? 僕は解けない恋の魔法を緋雪にかけたつもりなんだけどな。あ、いや、ちょっと待って。それじゃやっぱり、僕は魔法使いってことになるじゃん!」 真剣な顔をしてそう抗議する彼に、噴き出して笑う。「不安だったのは、僕のほうだよ」 「……?」 「あの夜は気持ちが通じたと思ったし、心も身体も愛し合えたと思った。だけど、もしも無かったことにされたら……って考えたら、不安だった」 「……そんな」 「僕はやっぱり魔法使いで、王子は岳なのかも…って」 ――― 知らなかった。 宮田さんがこんなふうに思っていたなんて。 二階堂さんと私のことを、こんなにも気にしていたなんて。「宮田さんは王子様兼魔法使いなんですよ」 「……何その“兼”って、一人二役的な感じは」 「それとも私たちは、シンデレラとはストーリーが違うのかも。ていうか、一人二役でなにか問題あります?」 「……ないけど」 気まぐ
手を引かれ、十二階に位置する彼の居住空間へと初めて足を踏み入れる。「お、お邪魔します。お家、ずいぶん広いですね」 おずおずと上がりこんだ部屋には大きめのリビングとダイニングキッチンがあり、話を聞くとどうやら2LDKの間取りのようだ。 まるでモデルルームのように家具やカーテンの色や風合いがマッチしていてパーフェクトな空間だった。 この前麗子さんと話していて、宮田さんはどんなところに住んでいるんだろうと、気になってはいたけれど。 それがこんなに広くてスタイリッシュな空間だったとは思いもしなかった。「ここのマンションの住人には、ルームシェアしてる人もいるみたい。僕はもちろんひとりだけど」 なるほど。ルームシェアもこの広さなら出来ると思う。 なのに贅沢にこの部屋で一人暮らしだなんて……。「緋雪、気に入ったならここに越して来る?」 「え?! 私とルームシェアですか?」 「なにをバカなこと言ってんの! 僕たちが一緒に住む場合は、“同棲”になるだろ」 肩を揺らしてケラケラと笑う彼を見て、拍子抜けしたと同時に私の緊張もほぐれた。 私がはっきりと返事をしないまま、その提案が立ち消えになったことにもホッとする。「いつも事務所じゃコーヒーだけど、今日はビールがいい?」 ソファーに座る私に、彼はそう言ってキッチンからグラスと冷えた缶ビールを持ってきた。「ありがとうございます」 「パーティのとき思ったけど、緋雪はお酒飲めるよね?」 「あ、はい。それなりには」 コツンとお互いにグラスを合わせ、注がれたビールを口に含む。 ゴクゴクと美味しそうにビールを飲み込む彼の喉仏が、やけに色っぽい。 隣に居ながらそれを見てしまうと、自動的に心拍数が上がった。「今日のことだけど。僕が、モデルの子と一緒にいた件……」 ふと会話が止まったところでその話題を口にされ、私から少し笑みが引っ込んだ。「あの子はハンナの後輩なんだけど、けっこう気の強い子でね。ハンナのこともライバル心からかすごく嫌っていて。僕は今日、巻き込まれたっていうか……あの子が、」 「もういいです」 「……え?」 「もう、それ以上聞かないでおきます」 ハンナさんへの当て付けなのか、本気なのかはわからないけれど、あの女性が宮田さんに迫ったんだろうとなんとなく直感した。「言わせて
*** 会社に戻る途中、ずっとモヤモヤした気持ちが抜けなかった。 なんだこれ。こんなんじゃ仕事にならない、とエレベーターの中でそんな自分に気づき、両頬をパンパンっと叩いて喝を入れる。 そうやって気合を入れたのに集中力は続かず、終わったときには時計は十九時半を回っていた。 そうだ、電話しなきゃ……。 ロッカールームで思い出し、宮田さんの番号を表示させて発信する。 今日のことを弁解させてほしいと言っていた彼の困惑した顔が脳裏に浮かんだ。 私だって…… あのモデルの女性と、あんなところでなにをしていたの?と、気にならなくはないけれど。 正直に聞くのが怖い。『もしもし』 数回目のコールで、落ち着いたトーンの彼の声が耳に届いた。「お疲れ様です。今、仕事が終わりました」 『お疲れ様。もう会社の前にいるから降りてきてよ』 「え……はい」 そのまま通話を切り、私はあわててロッカールームを後にした。 遅く感じるエレベーターに乗り込み、会社の外に飛び出すと、一台の車がハザードをつけて停まっていることに気づく。 助手席側のドアを背にして立つ宮田さんの姿があった。 ポケットに手を入れて佇む姿が、車を背景にしているせいか、とても様になっている。 そんなことよりも。たしかに会社に迎えに来るとは言っていたけれど……「い、いったいいつから居たんですか?!」 「はは。息が切れてるね」 それは、エレベーターを降りたあとダッシュで走って来たからです。「私のことはいいんです!」 「えーっと……着いたのは1時間くらい前、かな」 「そんな時間からここに居たんですか?!」 「うん。終わったら電話くれる約束だったし。 だからここで待ってた。とりあえず車に乗って?」 そう言って、彼が背にしていた助手席のドアを開ける。 ずいぶんと待たせたのに、不機嫌じゃないんだ……。 などと思いながら、私は促されるまま助手席に乗り込むとドアを閉められた。 宮田さんはハンドルを握り、喧騒が未だ落ち着きを取り戻さない夜の街を走り抜ける。「あの……どこ行くんですか?」 なぜか運転中無言になっている彼の横顔を見つめつつ、静かに問う。「あー、そう言えばそうだ。どこに行こうか」 「え……」 そっか。そうだった。 この人はこういう人だ。中身は変人と
最後はにっこりとした笑顔を作れた。 昔憧れていた二階堂さんに、こうして今の気持ちが言えて、それでもう十分だ。「なんか事態がよく飲み込めないんだけど……。今のって俺……軽く告白されたのに、結局フラれたって感じ」 ポカンとした顔で、二階堂さんがそんなことを言うものだから笑いそうになってしまう。「人の出逢いにはタイミングもあるんだよね。昴樹くんとは運命の出逢いだと思うから、大切にして?」 あの頃……八年前に見たのと同じ爽やかな笑顔がそこにあった。 大きな手を差し出され、握手を求められる。「本当はギュッとハグをしたいところだけど。昴樹くんに怒られるから」 じゃあね、と私の手を放して颯爽と立ち去る二階堂さんを、あの頃と同じようにやっぱりカッコいいと思いながら見送った。 残された私と宮田さんに、しばし沈黙が流れる。 この空気は、気まずさ以外の何物でもない。「あれで……良かったの?」 二階堂さんがいなくなった後、彼の口からボソリと言葉がこぼれ落ちた。「良いですよ。というか、私にあれ以上なにを言わせたいんですか」 これ以上こうして会話しても、喧嘩にしかならない気がして。 この場を立ち去ろうと歩き出した私の腕を、宮田さんがグッと掴んで自分の胸に引き寄せた。 私を抱きしめる彼の腕に力がこもる。「今日は緋雪に会えると思って楽しみだったのに……サイアク」 少し身体を離して私を見下ろす彼の瞳に、私が写る。 最悪なのはこちらも同じだ。 なにか言わなければ、と思った矢先、彼は私の唇を貪るように奪った。 しばらくキスを繰り返し、最後にチュっとリップ音を立てて彼が私からそっと離れる。「もう……行かなきゃ……」 そうだ。彼は今、仕事中だ。先ほどの場所に戻らなくてはいけない。「がんばってください。私も仕事に戻ります」 今の私からは、そんなそっけない言葉しか出てこない。 かわいくない女だと自分でも思う。「終わったら緋雪の会社まで迎えに行くよ」 「え?」 「今日、車で来てるから」 頬を撫でられ、見つめられるとなにも言えなくなってしまいそうだけれど……「でも、私も何時に終わるかわからないですし……」 「何時になっても待つから。今日のこと、いろいろ弁解させてよ」 じゃあ、終わったら電話をちょうだいなんてセリフを残し、愛しい人
「緋雪のスベスベな肌は、僕のものだから」 「へぇ……昴樹くんはもうすでに知ってるんだ? 肌がスベスベだとか、ふたりは互いに知る仲なんだね。パーティで会ったときはまだみたいだったのに」 「知ってる。緋雪は全身綺麗な肌なんだよ」 目の前で繰り広げられるふたりの会話が、なんだか生々しく聞こえて恥ずかしくなる。 私はうつむいて自分の顔が赤いのを誤魔化した。「僕の恋人にちょっかいを出すな。いくら岳でも、それだけは絶対許さないから」 宮田さんの言った“恋人”という言葉に、心が震えた。 彼はきちんとその認識でいてくれていたのだ。 私のことを、恋人だと ――――「昴樹くん、ごめん。朝日奈さんもごめんね。やり過ぎたかな?」 二階堂さんは両手を合わせながら、バツ悪そうにペコリと頭を下げる。「あれは……妬かせるためにわざとやったから。でもね、さっきのは昴樹くんも悪いよ? 恋人の朝日奈さんを放ってモデルの子とあんなとこでコソコソと」 「いや、あれは……」 「こんなに猛烈に妬くほど好きなんだったら、彼女のこと、泣かすようなことしちゃダメだろ」 ………二階堂さん。「心配しなくても、俺は明日アメリカに帰るから」 ふたりとも仲良くね、と告げつつ二階堂さんは私たちに背を向けて立ち去ろうとする。 そんな彼に、ちょっと待ってと宮田さんが声をかけて引きとめた。「緋雪……本当に言わなくていい? 岳に伝えたいなら今しかないよ?」 引き止められた二階堂さんは、なにを?といった表情で私たちを見つめていたけれど。 私には宮田さんがなにについて言っているのかすぐにわかった。 彼に、八年前の想いを伝えるなら、チャンスは今しかないと言いたいのだろう。 無言で宮田さんを見つめると、彼の漆黒の瞳の奥に、切なさが混じっていた。「二階堂さん、私……」 宮田さんに促されるままに紡ぎ始めた言葉は、そこで一旦途切れた。 彼に対してなにを伝えたいのかと、心の中であらためて自問する。 そして、出た答えが……。「八年前に、あなたを街で見ました」 「……え……?」 「モデルの二階堂さんをチャペルで見かけたのがきっかけで、あなたに憧れて私はブライダル業界に就職しました。仕事はそれなりに大変ですがとても楽しいです。そして……二階堂さんに八年ぶりにまた逢えて、懐かしかった
突然のその行動に私の心臓が跳ね上がったのを無視するように、二階堂さんは繋がれた私の両方の手を意味ありげに器用に触る。 彼にとっては、そんなことはなんでもないことなのだろう。 飄々とした表情だ。ただ、色気は漏れているけれど。「えーっと……どうしようかな。さすがにキスまでするとマジで昴樹くんにグーで殴られる気がするしねー」 「え?!」 チラチラと、私の後ろの方角……つまり宮田さんを気にしながら口にした彼のその言葉に驚いて目を丸くした。「抱きついちゃおうか。でも……それじゃ弱いかな。あ、ほっぺにキスがいいか」 本当になにを言ってるんだろうと距離が近い彼の顔を見上げると、ニタっとイタズラな笑みを浮かべている。 いったい……なにを企んでるんですか。「ちょっとだけ我慢してね」 色気を含んだ声色で耳元に唇を寄せてそう囁かれると、一瞬で全身が硬直した。 二階堂さんは間違いなくイケメンだし、しかも私が八年前に一目見ただけで憧れた人だ。緊張するのは当たり前。 自分自身にそう言い訳する暇もなく、右の頬に二階堂さんの唇の感触がした。 そのまましばし、時が止まる。 いきなりなにをするのかと声にも出せずに驚いていると、「作戦成功」と、やっと唇を離した二階堂さんにしたり顔で微笑まれた。「ふたりとも、ちょっと来て」 後ろからそう声がしたと思ったら、宮田さんが私と二階堂さんの繋がれた手を引き離し、私の手首を掴んだまま外の廊下へとずんずん歩いていく。 先ほど二階堂さんが私にした行為をしっかりと見ていたのだ。 だからこんなに彼の顔が険しいのだと、想像がついた。 二階堂さんが宮田さんをこっちに来させればいいと言った意味はこれだったんだ。 だからってなにも怒らせなくても……と思ってしまう。 宮田さんは私の手を強引に引いて、自販機のある小さな休憩スペースに誰もいないことがわかると、そこで歩みを止めた。「岳、さっきのはなに?」 今まで聞いたことのないようなイライラとした彼の声に、一瞬ビクっと肩が跳ねた。 素直に私の後ろに続いて歩いてきた二階堂さんを振り返ると、まだイタズラな笑みを浮かべている。「さっきの? うーん……朝日奈さんの手がさぁ、握ってみるとやわらかくて。サラサラでスベスベの綺麗な肌してるんだよね。だからつい頬につい……」
「そう? 昴樹くんが好きなのは朝日奈さんなのに。そんなの、誰が見たってわかるよ」 「……」 「昴樹くんさ、あのパーティでも必死だったじゃん」 そうか……考えてみたらあのパーティには、二階堂さんもいたんだ。 私の醜態をこの人にも見られてたのかと思うと、途端に恥ずかしくてたまらなくなった。「パーティでは……すみませんでした。恥ずかしいので、できればもうその件は触れないでください」 「あはは。朝日奈さんってかわいいね。昴樹くんが惚れるのもわかる気がする」 私がおどおどしたのがおかしかったのか、二階堂さんは途端に愉快そうに笑った。「あ。俺と今……目が合ったよ」 私同様、二階堂さんも宮田さんと目が合ったらしい。 だけど私はもう、後ろを振り返れない。「大丈夫。呼んでくるから待ってて」 「いえ! 本当に結構ですから!」 私の横をすり抜けて行ってしまいそうな二階堂さんの腕を必死に掴んで、それを引き止める。「どうして?」 二階堂さんは心配そうに私の顔を覗き込むと、ポツリとそう尋ねた。 ――― どうしてって…… あのモデルの女性から、彼を無理やり引き剥がして自分の元へやって来させるのも気が引ける。 私はそれでなにがしたいっていうのか。 私の恋人とイチャつかないで!と、彼女を睨みつけるの? それとも、私だけを見てと彼にすがるように纏わりつく? そんなのどっちも私らしくないし、両方やりたいとは思わない。「私ともさっき目が合ってるんです。でもすぐに気づかないフリをされました」 「へ?」 「私も特に用事があるわけではありませんので、このまま失礼します」 泣きそうな声でなんとかそう訴えてるのに、二階堂さんは再び私の腕を掴んで離そうとしてくれない。「悪いほうに考える気持ちもわかるけどさ。俺は……パーティでの昴樹くんが本物だと思うよ?」 「……ありがとうございます」 私を気遣うやさしい二階堂さんの言葉を耳にすると、余計に泣きそうになる。 だけど、こんなところで泣いちゃいけないと必死に涙をこらえた。「そうだ! 俺が呼びに行くのが嫌なら……昴樹くんのほうからこっちに来させればいい」 「え?」 「賭けてもいいよ。絶対昴樹くんは飛んで来るから」 なにを言ってるのだろうと首をかしげていると、二階堂さんは私の両手を取って身体を
きっと仕事の話をしているんだ。 なにも私がこんなことでヤキモキする必要なんてない。 そうは思うけれど、胸の奥がキリキリと痛み始める。 嫌な予感がして仕方がない。 だって仕事の話ならば、あんな薄暗いところでふたりで話す必要なんてない。 一方で、そう冷静に分析してしまう自分もいるから。 宮田さんがなにか言葉を発したと思ったら、女性の肩に右手を置いて距離を詰めた。 これ以上見てはいけないと思うのに、そこから足が動かない。 そうしてじっと見入るうちに、宮田さんが視線を何気なくこちらに向けて…… 私と、――― 目が合った。 彼はすぐに私に駆け寄って来てくれる。 そう思っていた私は、自惚れていたのだろうか。 彼は再び、なにも見なかったかのように、視線を女性に向けなおした。 その瞬間、私は踵を返してくるりと彼に背を向ける。 今のはなにか幻でも見たのだと、そう思いたかった。 だけど自分の目で確認したのだから、それが疑いようのない現実だし……。 ごちゃごちゃと整理のつかない感情が、私の心をかき乱して爆発寸前だ。 早くここから立ち去ろう。落ち着け! 人の波をよけるように歩いていたつもりだったのに、数メートル歩いたところで、目の前に人が立ちふさがって私の歩みを止めた。「あ、すみません。通してください」 その人の顔も見ずに、俯いたままそう呟く。「あれ……たしか、朝日奈さん……だよね?」 自分の名を呼ばれたことに驚いて顔を上げると、私の目の前に居た人は………二階堂さんだった。「昴樹くんに会うなら方向が逆だよ。あっちあっち」 爽やかな笑顔で私の背中の方角を指さす彼に、私は苦笑いすら返せない。「いえ……いいんです」 「ん? どうして? ……なんでそんな泣きそうな顔なのかな?」 二階堂さんにそう言われ、初めて自分が今泣きそうになってることに気がついた。 私はどうしてこんなことくらいで……。 泣きそうになるなんて、子どもじゃあるまいし。「あー……原因は、アレか」 どうやら二階堂さんも、宮田さんの姿を見つけたらしい。 心底困ったような笑顔を私に向ける。「あのモデルの子、まだ若いね」 若くて美人。このステージ裏のエリアにいるモデルの女性は、そんな容姿端麗な人ばかりだ。 だけどそんなことでさえ、
「彼女、今日もどこかにいるから。気をつけてね」 「はい。お気遣いありがとうございます。でも私、まだ仕事の途中ですのでこれで失礼します」 「え? ショーは見て行ってくれないの?」 「すみません。すごく残念なんですけど」 「でも、彼には会っていくでしょ?」 その問いかけには、「少しだけ」と、照れながらゆっくりと頷いた。「今日は彼には助けてもらって感謝してるよ。モデルのそばでアシスタントをしてもらってるんだ」 「そうなんですか」 「考えてみたら贅沢だよね。彼にアシスタントをやらせるなんて。だって彼……最上梨子だよ?」 そんなことをポロリとこぼす香西さんをよそに、周りに聞いてる人がいないかとドキドキしてしまう。「宮田さんは、香西さんを慕ってて……尊敬しているみたいですから」 「僕も彼は好きだよ。でも、そっちの気は一切ないから安心して?」 思わず例の“ゲイ疑惑”を思い出して、噴出して笑ってしまった。 本当はゲイではなく……兄と弟みたいに仲が良い関係で微笑ましい。「そういえば宮田くん、最近なにかあった?」 「え?」「今日会ったらすごく楽しそうでイキイキしてるし。彼のデザイン画を何枚か見てほしいって頼まれたんだけど……めちゃくちゃパワーアップしてたからさ」 顎をさすりながら、香西さんがうれしそうにそう言う。 だけど、私にその理由を聞かれてもわかるはずもなく、首をかしげて話の続きを待った。「前から彼の才能は認めてるというか、感服するものがあったけど。今日ほど彼の才能を素晴らしいって思ったことはなかった」 「……」 「朝日奈さんが影響してるのかな?」 「え?!」 私はなにもしていない。本当ならもっと、依頼したブライダルドレスの為になにかしてサポートしなければいけないくらいなのに。「今日確信したよ。最上梨子はもっともっとすごいデザイナーになるって」 「……」 「朝日奈さんが彼の傍にいてくれればね」 俺もウカウカしてられない、って香西さんが冗談めかして笑った。 香西さんから「宮田くんはあの辺りにいるはずだから」と教えられた方角へと足を向けた。 人がたくさん居て、ざわざわとしているエリアだ。 本来は仕事をしている人たちの邪魔になるから、あまり立ち入ってはいけない場所だと思う。 キョロキョロと視線を彷徨わせて彼の姿を探